2009年11月3日、ZEPP TOKYO。
会場には立ち見の当日券を求める観客も含め、満席の状態。
台北アリーナの熱気を圧縮してZEPPに持ち込んだような高揚感。
昨年のリーマンショックの影響が直撃し、2009年前半は多くのAsian pops関連番組が終了し、Chinese popsの単独日本公演はまったく行われなかった。せいぜい台湾ドラマ関係の稚拙なイベントがクローズドで行われる程度。Chinese popsにとっては冬の時代、厳冬の時代である。
そんな中で決まったのが五月天の東京公演。前回(2007年)の大阪・東京に引き続き、C-pop Univ.でも再びチケット先行頒布することになった。五月天とはご縁があるようだ。熱心に応援するのにもこうしたご縁があり、背景がある。



元々、「DNA創造演唱会」としてワールドツアーで巡回していたこともあって、東京公演も基本的な流れは踏襲していた。伝えたいことがはっきりしている。だからこそ、ぶれず、なおかつ安定したステージであったともいえる。その一方で、アンコール・ダブルアンコールでの彼らは、なかなか触れることのできない日本のファンを意識した構成で応えてくれる。

ロックミュージシャンである時の彼らは真剣で、そして男である。
(たとえ、熊の着ぐるみをかぶっていたとしても。)




会場では、日本語でのMCを求める声も多かったが、その代わり、いやそれ以上の価値があったのが、背景画像での日本語字幕であろう。ライブの最中、彼らが音楽の中で何を伝えたいのかをリアルタイムのうちに直感で理解し、楽しむために日本側スタッフが労力を割いたものだ。
決して採算上儲かる公演ではない。それでもなお、台北アリーナを何日も埋める五月天がなぜ日本でのライブにこだわったか。”日本のファンのため”。第一義的な答はあまりに容易である。そのために彼らと彼らのスタッフは、音楽のクオリティの維持に努め、かつ、日本語MC以上のものを準備しようとしていたのだろう。


今回の公演で唯一かつ最大の失望の声が挙がった場面がある。
ダブルアンコールまでして盛り上がった会場を、なぜか彼らは耳打ちをし、そのまま退場した最後の場面だ。見る人によっては、あの退場でライブが台無しになってしまったと思えたかもしれない。そうブログに感想を書いているファンも少なからずいた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
1回目のアンコール(「恋愛ing」)で、彼らは客席をあおり、LOVEのコールを一緒にやるよう促した。その際にも同じ耳打ちをしていたのを覚えているだろうか。
あの耳打ちの内容は、囲み取材の時に質問する記者もいなかった。尋ねることがはばかられたともいえる。ただ、1回目の耳打ちの延長線上に、2回目(退場前)の耳打ちがあるのなら、あの理解しがたい不可思議な退場は、こう読みとれないだろうか。
盛り上がってくれたら、また戻ってくるさ。と。
Recent Comments